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こんにちは

0次元カウンセラーのぶさんです!

いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )  

 
 
今日は、曇り空の浜松です。
(・_・;
 
 
 
水泳の池江璃花子選手、
 
本当に大変なことになってしまいましたね。
 
早く元気になってもらいたい…。
 
 
 
できれば、オリンピックでも活躍してもらいですが、  
 
池江選手の、美味しそうに、たくさんモリモリ食べている姿が、  
 
とても愛らしかったので、 早く元気になって、
 
美味しそうに、たくさんモリモリ食べる姿を、  
 
また見せてもらえたらなあと…。
 
 
 
そして、今回、池江選手がお話しされた、
 
「神様は乗り越えられない試練は与えられない」
 
という言葉は、
 
ボクも、今まで心の支えにしてきた、大好きな言葉なので、
 
同じ言葉を信じて頑張りたいなぁなどと、思ったりしておりました。
 
 
 
 
ところで、前回までに、
 
 
・ボクの娘は、父親を可愛そうに思って、自分の安心・安全を捨て、
 嫌われる勇気を出して「ふうせん欲しい!」と泣き叫んだ。
 
・子どもは、自分の身の危険をおかしてでも親を助けようとする。
 
・でも、そんな考え方はフツウじゃないですよね?
 
・ボクの娘がお腹の中にいるとき、娘の心音が
 「わたし生きたい!」「わたし愛したい!」とボクに訴えた。
 
・そんな尊い「生命」を授かったにもかかわらず、
 ボクは「豊か」さを感じることができなかった。
 
・ボクは、「子ども」という現実的な豊かさから目をそむけ、
 「お金がなくなったら、どうしよう?」という
 漠然とした不安や恐怖心にばかり目を向けていた。
 
・そんなボクは、まるで自分の命をお金に売った「お金の奴隷」だった。
 
・そして「ボクが首をつって、その保険金で家族に生活してもらうのが、
 自分にとっても家族にとっても一番良いのかもしれないなぁ」
 などと考えていた。
 
 
などと書かせていただきました。
 
 
 
       

ノルマに追われる毎日  
 
 
 
 
その頃、ボクは、営業をやっていましたので、  
 
なおさら「お金」に意識が向いていたのかもしれません。
 
 
 
1ヵ月の売り上げ目標(ノルマ)を
 
達成できるかどうかに悪戦苦闘する毎日でした。
 
 
 
達成できなければ、評価が下がり、お給料も下がる。
 
だから、家に帰っても仕事のことを考え、
 
残業してでも、休日出勤してでも、
 
1ヵ月の目標を達成しなければなりませんでした。 
 
 
 
そして、何とか、1ヵ月の目標を達成して、
 
「はあ〜。やれやれぇ〜。 (~_~;) 」と思うのも束の間、
 
その時には、もう、すでに新しい一ヶ月が始まり、
 
新しい月間目標に向かって、ゼロからのスタート。
 
 
 
なので、気の休まる暇がありませんでした。
 
 
 
しかも、市場競争は激しくなり、
 
売り上げを伸ばすのは難しくなる一方。
 
 
 
そんなお金に追われる毎日でしたので、
 
子どもと過ごす時間を心から楽しんだり、
 
思い出に浸ったりして、
 
子どもの存在をかけがえのないものと感じる、
 
余裕がなかったのかもしれません。
 
(´・_・`)
 
 
 
         

人生をお金に捧げ、お金にひれ伏すボク  

 

 
 
そんなボクは、ただ、ひたすらに、
 
家族や老後の「お金」のために、
 
自分の体力と精神力を捧げていたのだと思います。
 
 
 
つまり「お金」に自分の「人生」を捧げ、
 
「お金」にひれ伏して生きていた
 
言っても過言ではないと思います。
 
(´・_・`)      
 
 
 
 
稼ぎの悪いダメなパパ    
 
 
 
また「その時のボクの気持ちは」というと、
 
「稼ぎの悪いダメなパパで申し訳ないなあ。
 
これでは、娘は、シアワセじゃないよなあ。」
 
と、自分を責めボクの子どもとして生まれてきた娘を、
 
「不幸」な娘と決め付けて嘆いていました
 
(´・_・`)      
 
 
 
 
お金にシアワセを依存させていたボク      
 
 
 
ボクは、自分のシアワセも、娘のシアワセも、
 
すべて、お金によって決まるというくらいに、
 
お金にシアワセを依存させていました。
 
 
 
 
お金があれば、ボクも娘もシアワセになれるのに…。
 
でもお金がないから、ボクも娘も不幸だと…。
 
(´・_・`)
 
 
 
 
結局、ボクは、
 
【豊かさ】も、【人生】も、【シアワセ】も、
 
すべて、お金に依存していました
 
 
 
 
そして、娘は、そんなボクに追い討ちをかけるかのように、
 
病気になり、事件や事故を起こして、
 
ボクを経済的・精神的に、窮地へと追い込みます……。
 
 
 
 
また、暗いことを書いちゃってすみません。
 
(´・_・`)
 
 
 
次回は、少し明るいことを書けると思いますので、  
 
よかったら、引き続き、お付き合いくださいね。
 
(^_^;)
 
 
 
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今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました!
 
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いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )

 

今日の浜松は、厳しかった寒さが少し緩み、

穏やかな良いお天気でしたが、

そちらは、いかがでしたか? (^_^)

 

 

前回まで、

 

・ボクの娘は、父親が自分を可愛そうに思って、
 自分の安心・安全を捨て、嫌われるリスクを冒して
 「ふうせん欲しい!」と泣き叫んだ。

・子どもは、自分の身の危険を冒(おか)してでも
 父親の自立を助けようとする。

・でも、そんな考え方は、フツウの考え方じゃない。

・ボクが、そんなフツウじゃない考え方を持つようになった、
 最初のきっかけは、娘が生まれる時のことだった。

・妻が帝王切開を拒み、母子共に体力の限界が来た時、
 婦人科の先生が、ボクに赤ちゃんの心音を聞かせてくれた。

・その心音は「わたし生きたい!」「わたし愛したい!」と、
 とても力強く情熱的にボクに訴えていた。

・ただ、娘のその声ならぬ声だけで、
 ボクの考え方がフツウじゃなくなったわけではない。

・その時のボクは、まだ「娘は、自分の安心・安全を捨てて、
 嫌われるリスクも冒して『ふうせん欲しい!』と泣き叫ぶ」という
 変わった考えかたを持っていなかった。 

 

などと、お伝えいたしました。 

 

 

娘が生まれてからの「豊か」な生活 
 
 
娘が生まれて、ボクはパパになりました。
 
そして、「愛したい!」という声ならぬ声を発してくれた、
 
尊い生命「子ども」を持つことになりました。
 
 
だから、 当然、 ボクは「豊か」になりました
 
 
が、しかし、
 
(´・_・`)
 
 
それなのに…。
(´・_・`)
 
 
ボクは、その「豊か」さを感じることができていませんでした。
 
情けないことなのですが…。
 
(。-_-。)
 
 
それどころか、反対に「出費が増えてしまう」という、
 
漠然とした不安「貧しさ」を感じていました。
 
 
「ボクに、この子を養っていけるのだろうか?」
 
「それだけの経済力が、ボクにあるのだろうか?」
 
「この子の教育費・学費等の経済的負担をボクが背負い切れるのだろうか?」
 
と。
 
 
 
        
お金がなくなったら、どうしよう? 
 
 
 
  今となっては、
 
「子どもはかけがえのない存在。
 
存在そのものが癒やし・安心・豊かさ・シアワセの源(みなもと)。
 
だから、それに比べれば、お金の価値はたいしたものではない。
 
もちろん、お金も貴重で大切だけど、
 
子どもの存在、子どもと過ごす時間や思い出は、
 
お金には替えられない、 お金では買うことができない、
 
豊かさとシアワセをもたらすもの。」
 
 
と、素直に思えるのですが、
 
当時のボクは、つねに「お金」のことを心配していました。    
 
 
 
 
 
 
 
 
 目の前にある子どもという現実から目をそむけ 
 
 
 
ボクの心のどこかに、常に、
 
 
「お金がなくなったら、どうしよう?」
 
 
という漠然とした不安や恐怖心を抱え、
 
その不安や恐怖心から逃げるために、
 
ボクは生き、仕事をしていたのだと思います。
 
 
 
つまり、
 
「目の前にある子どもという現実的な豊かさ」から目をそむけ、
 
「お金がなくなったら、どうしよう?」という、
 
「非現実的な不安や恐怖心」にばかり、目を向けて生きていました。       
 
 
 
 
 
 お金がなくなることは死であり、人生の終わり      
 
 
 
それは、ある意味、子どもを養っていくという、
 
正義感・義務感・使命感・責任感の現れであり、
 
悪いことではないはずです。
 
 
 
しかし、当時のボクは、
 
「お金がなくなったら、どうしよう?」 という漠然とした不安から、
 
「お金がなくなること = 死んでしまうこと」とか、
 
「お金がなること = 人生の終わり」という恐怖心を抱くようになり、
 
「お金のために生きる」ようになっていました
 
 
 
つまり、ボクは、
 
自分の生命をお金に明け渡してしまった、 「お金の奴隷」でした。       
 
 
 
 
 
  お金の不安と恐怖から逃げる方法      
 
 
 
そして、
 
「お金を稼げなくなったら、首をつるしかないなぁ。」
 
(´・_・`)
 
「その保険金で、家族に生活してもらえれば、
 
それが一番、楽かもしれないなぁ。」
 
(´・_・`)
 
などということをよく思っていました。
 
 
 
たぶん、お金の不安や恐怖心から逃げる方法が、
 
他に見当たらなかったから……。
 
(-_-;)
 
 
 
なんだか、暗いことを書いちゃってすみません。 
 
 
 
また、次回に続けたいと思いますので、
 
よかったら、また、お付き合いくださいね。
 
 
 
 

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いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )  

 

 

前回までに、

 

・自立が難しいのは「安心・安全」を手放さないといけないから。

・親が「お寿司大好き」なら「私もお寿司大好き!」と言うほうが「安心・安全」。

・特に「親を悲しませたくない」という親への愛情が    
「自立」をさらに難しくさせる。

・でも、自分の親が「○○でなきゃいけない・○○であるべき」と言って、    
自分のやりたいことを、我慢したり制限していると、子どもは哀しくなる。

・そして、そんな親を見ていると    
「自立して、自分のやりたいことをやって!」と強く思うようになり、
   
子ども自身の「安心・安全」を捨て「お寿司キライ!」みたいなことを言う。

・なぜかと言うと、子どもは、    
自分の身の危険を冒(おか)してでも親の自立を助け、
   
親にシアワセになってもらいたいと思うから。

・例えば、ボクの娘は、「ふうせん欲しい!」と言って、    
地面に這いつくばって泣きました。
   
そして、ボクは、根負けして高級な風船を買うことになってしまった。

・もし、ボクが「駄目なものは駄目!」と叱って、    
無理やりその場から娘を立ち去らせていたら、
   
娘の心に「私は人を幸せにしてあげられなかった」
 
 「私は人を助けてあげられなかった」という傷を残すことになっていた。

・そのような心の傷は、その後の娘の友人関係や、会社での人間関係、  
 さらには恋愛関係を難しくさせてしまう。  

 

などと、書かせていただいたのですが、    

 

 

 「ふうせん欲しい!」は、親への愛?  

 

「なんだか、フツウの考えと違うなあ」

と思われなかったでしょうか?

 

もし、そう思われたのだとしたら、 たぶん、

・娘さんが風船を欲しがったのは、単純に本人が欲しかっただけですよね?

・子どもが親のことを考えて、「ふうせん欲しい!」なんて言わないですよね?

みたいな感じではないかと思います。    

 

 

ボクがあまりに自分を抑圧してるから    

 

ちなみに、ボクがお伝えしたことは、

・娘は、ボクがあまりにも自分を制限・抑圧していて可愛そうだから、    
「自立して、自分のやりたいことをやって!」と言いたくなった。

・そして「安心・安全」を捨てて、ボクから嫌われるリスクを冒して  
 「ふうせん欲しい!」と泣き叫んだ。

でしたが、

やっぱり、ちょっと、

フツツじゃないでしょうか? (´・_・`)      

 

 

娘のおかげでお金持ちに?      

 

実際、ボクは、娘の言うことを聞いたことで、

こんなことに気づきました。

 

「自分もちょっと、ケチが過ぎたなあ」と。

 

確かに裕福じゃないから、 お金を節約することは大事。

もちろん、家族のために貯金することも大切。

 

でも、あまりに「節約しなきゃ」「貯金しなきゃ」 という気持ちが強すぎると、

心も貧しくなっちゃうなあ。

 

節約も身の丈に合わせて行うべきで、  

身の丈以上に節約し過ぎるのも、あまり良くないなあ。

 

1,000円で、娘の楽しそうな姿が見れて、

一緒に楽しく風船遊びができたんだから、

安い買い物だったなあ。 と…。  

 

つまり、僕は、娘のおかげで、

「1,000円は高い!」から、「1,000円は安い!」と

言えるように変わりました。

 

言い換えると、僕は、娘のおかげで、

お金持ちマインドになっちゃいました。

(^_^;)        

 

 

  子どもに譲歩する  

 

その後も、

子どもの意見に素直に従ってお金を使うと、うまく行き、

子どもの意見に反して、お金を節約すると、

お金がさらに出て行って、逆に損失を増やす、

という経験を繰り返しました。

 

なので、

(ナンでもカンでも、子どもの言うことを、

聞けば良いというわけではないのですが…。

(・_・; )  

 

何かしら、子どもが決心して、

安心・安全を失うようなリスクを取って、

「フウセン欲しい!」みたいなことを言ったときは、

親への愛情が含まれていると受け止めて、

子どもに譲歩してみていただけたらと思っております。      

 

 

  親からの感謝が、子どもの最高の幸せ       

 

そして、もし、

「子どもの言うことを聞いてよかった」と思えて、

子どもの愛情に、素直に感謝できたとするなら、

子どもは「最高にシアワセ!」になると思います。

 

なぜなら『親に感謝されること』は、

子どもにとって『最高のシアワセ』だから…。 (^_^)

 

 

 

 次回は、なぜ、ボクが、

こんな「フツウじゃない考え」をするようになった、

きっかけを少しお伝えしたいと思います。

 

ちょっと、くどいかもしれませんが…、 (´・_・`)

 

「『ふうせん欲しい!』は、親への愛」というテーマは、

人間関係の悩みを解決する上でも、

インナーチャイルドを癒やす上でも、

とっても大切なテーマだと思っていますので、

もし、よろしかったら、お付き合いくださいね。

 

 

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今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

あなたのお幸せを祈っております。

こんにちは

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いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )    

 

今日も、暖かな、こちら浜松です。(^_^)

昨日は、春みたいな陽気のところも多かったみたいですが、

でも、まだまだ、2月も始まったばかりなので、

お身体を冷やさないようにお過ごしくださいませ。   

 

 

 

 

高級風船(?)を買ってよかった  

 

前回、娘が2歳の時にお祭りに行ったことを、

書かせていただきました。

 

それは、

娘が、プカプカと揺れるヘリウムガス入りの風船を欲しがって大泣きし、

ボクも泣く泣く(?) (・_・;

1,000円の高級風船を買うことなってしまった、

という話だったのですが、

 

今となっては、風船を買って、

「本当によったなぁ〜」と思っています。        

 

 

  買わなかったら娘に深い傷を負わせていた    

 

もし、例えば、ボクが

娘が泣こうが、わめこうが、

「駄目なものは駄目!」と叱って、

寝ながら泣いている娘を無理やり抱きかかえて、

その場から立ち去っていたとしたら、

娘の心に深い傷を残すことになったと思うからです。

(もしかしたら、1,000円で買ってくれると期待した

おじさんも傷つけたかも? (^_^;) )

 

 

私はお父さんを幸せにしてあげられなかった    

 

【 娘の心に傷を残す 】というのは、

 

「私はお父さんを幸せにしてあげられなかった」

「私はお父さんを助けてあげられなかった。」

「私はお父さんを幸せにできないし、その資格もない。」

「私は存在する価値がない。」

「私なんかいないほうが良い。」

「死んだほうがいい。」

 

という気持ちを、娘に刻み込んだであろうということです。

 

少し、大袈裟 ? (´・_・`)

かもしれませんが…。

 

少しだけだったとしても、

実際に、 娘の心に傷を残しただろうことは、

間違いないと思います。

 

なぜなら、 娘は、

リスクをとって、身の危険を冒して、

「お父さん、シアワセになって!」と、訴えたからです。        

 

 

インナーチャイルド  

これを、心理学的に言うと、

インナーチャイルドとか、

アダルトチルドレンとかと言うのですが、

 

子どもの時に受けた心の傷が癒やされないままだと、

大人になってからも、

友人関係、会社での人間関係、恋愛関係などで、

苦労することになります。

 

つまり、

人間関係で、必要以上に、

人間不信や疑心暗鬼を生じさせ、

生きづらくなってしまいます。        

 

 

3つ子の魂100まで       

 

日本でも「3つ子の魂100まで」 と昔から言われてきましたが、

やはり、幼い時の親子関係は、

その後の人生に大きな影響を与えます。

 

それは、幼い時の親子関係が、

人間関係の基礎・ベース・根幹・原型になるからです。      

 

 

潜在的に「私は価値がない」 という感情を抱えて      

 

例えば、先ほどの例のように、

子どもが、 リスクをとり、身の危険を冒して、

お父さんに「シアワセになって!」と訴えたのに、

それを否定され、心に傷を負ってしまったら、

 

「私は人を幸せにしてあげられなかった」

「私は人を助けてあげられなかった。」

「私は人を幸せにできないし、その資格もない。」

「私は存在する価値がない。」

「私なんかいないほうが良い。」

「死んだほうがいい。」

 

という感情を潜在的に抱えた状態で、

友人関係、会社での人間関係、恋愛関係を結ぶことになってしまいますので、

どうしても、信頼関係を築くのに苦労してしまいます…。

(´・_・`) また、

 

 

長くなっちゃったので、 次回以降に、

「なぜ、風船を買うことが、お父さんを幸せにすることなのか?」

「インナーチャイルドが癒やされるとはどういうことなのか?」

などを続けたいと思います。

 

もし、よかったら、

あたなが、お父さんやお母さんに対して、  

「風船買って!」みたいなことを言ったことがなかったかも、  

思い出してみてくださいね。

 

もし、「 早く、続きを読みたい 」と思ってくださいましたら、  

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今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

あなたのお幸せを祈っております。

 

 

こんにちは

0次元カウンセラーのぶさんです!

いつも、お世話になり、ありがとうございます。

( はじめましてのかたは、こちら。 )

 

寒い日が続きますねぇ〜。

でも、日の出が、少しずつ早くなってきていますので、

この寒さも、もう少しの辛抱。

12月、1月と、寒さに耐えてきた、

ご自身を褒めてあげてくださいね。

(^_^)

 

 

ところで、前回までに、

・自主的に「自立」したい人は少ない。

・でも「依存」では幸せになれない。

・「依存」を続けると、罠(ワナ)にかかって、

  奴隷のように不自由になって貧乏しちゃう。

・悩む原因は「自立」できていないから。

・「自立」するためには、たくさん葛藤し、

  たくさん自問自答を繰り返さなければならない。

・そして、「本当に自分がやりたいこと」

 「本当に自分が好きなこと」に気づかなければならない。

・それは、面倒くさく、時間がかかる作業。

・だから「自立」は難しい。

などとお伝えいたしました。

 

 

 2番目の理由立   

 

そして、自立を難しくしている、

2番目の理由として

「安心・安全を手放せないから」

ということがあるような気がしています。

 

 

安心・安全を手放せない   

 

例えば、

「お父さんとお母さんは、お寿司が大好き!」

だったとします。

すると、子どもも、

「ボク、オスシ好き!

 ワタシも、お寿司、大好き!」

と言っていれば、

『安心・安全』ですよね?

(^_^;)

 

もし、お寿司について、

子どもがこんなことを言ってしまったら大変です。

(´・_・`)

 

「何だかヌルヌルして、食感が好きじゃない!

「酢の味がマズイ!」

「ガリ辛くて食べれない!」

「ワサビも美味しくない!」

 

 

子どもを家から追い出す?   

 

もし、子どもがそんなことを言ってしまうと、

親は、カッとなって、目をむいて怒り、

「なんだ?この子は!

 こんなに美味しいお寿司を『まずい』だと!?

 あんたなんて、うちの子じゃありません!

 出て行きなさい!」

 

と言って、

子どもが、自分の好きなもの(お寿司?)を受け入れるまで、

家に入れさせなくしたり、

暗い部屋に閉じ込めたり、

木に縛り付けたりします。

 

 

「お寿司オイシイ!」の方が安心・安全   

 

そうすると、

心の中で、

「ハンバーグ、オイシイ! (^-^)」

「カレーライス、サイコー! (^-^)」

「ラーメン、美味しい! (^-^)/」

と、子どもは、思っていても、

それを、素直に、率直に、

表現できなくなってしまいます。

(。-_-。)

 

 

なぜなら、

ウソでも、

「お寿司、オイシイ!」

「お寿司、サイコー!」

と言っているほうが、『安心・安全』だからです。

 

 

親への愛情が素直な表現を難しくさせる   

 

それだけでなく、

親を怒らさずに済むし、

親の悲しむ顔を見なくても済みます。

 

そんな『親への愛情』が、

よりいっそう、

自分の気持ちを、素直に表現することを難しくさせてしまいます。

 

 

あなたの親の「お寿司」は?
 

 

ここまで読まれて、

そんな大袈裟な!?

そんな馬鹿な話ないよ!

と思われたかもしれません。

 

 

が、もし、よろしかったら、少し、

あなたのお父さんお母さんの好きなもの(お寿司に代わるもの)は、

何だったか、考えてみていただけないでしょうか?

 

 

親を怒らせたくないから

親を悲しませたくないから
 

例えば、

「あなたはお姉ちゃんなんだから!」

「あなたは長男なんだから!」

「あなたは○○家の人間なんだから!」

「こうしないと恥ずかしい!」

「こうしないと貧乏するよ!」

「人に笑われる!」 「馬鹿にされる!」 「みっともない!」

などなど…。

 

あなたが、

親を怒らせたくないから、

親を悲しませたくないから、

という動機で、

「お寿司オイシイ!」みたいな素振りを見せてきたことって、ないでしょうか?

(´・_・`)

 

 

 

また、ダラダラと長くなっちゃったので、次回に続けますね。

(^_^;)

 

今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました! あなたのお幸せを祈っております。