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幸せの方程式(33)

 
 
 
 
 

【 インディア ⑤ ナマステ】

 

 

僕はあぐらをかいてその場に座り、静かに目を閉じた。

 

僕に不幸を呑み込むことができるのだろうか?

 

麻里奈への感情を噛んで噛んで味わい尽くし、麻里奈を許せない気持ち、怒り、悲しみ、胸の痛み、失望、絶望を、呑み込んで無くしてしまうことができるというのだろうか?

 

「そんなの無理だろう?」という気持ちが心の片隅に残っているが、シャンカールに言われた通り、麻里奈を許せない気持ち、怒り、失望、絶望を、全身で、徹頭徹尾、味わい尽くし始めた。

 

 

 

全身にチカラが入り、緊張している。

 

その力みと緊張感は、身体の許容範囲を超え、僕の両肩と両腕そして握り拳とを、ワナワナと小刻みに震わせ始めた。

 

「麻里奈を許すなんて、絶対にできない。

 

絶対に許せない!

 

絶対に愛せない!

 

もう二度と麻里奈を愛さない。

 

もう二度と麻里奈を信じない。

 

もう麻里奈と離婚する以外に道はない。

 

麻里奈との離婚は正義の離婚だ。

 

オレは何も悪くない。

 

悪いのは麻里奈だ!

 

こんなひどい目に遭わされて、離婚しないなんて、オレはバカだ。」

 

 

 

僕はひたすらに、麻里奈への感情を味わい尽くした。

 

少し眠ってしまったのか、いつの間にか、当たりは真っ暗になっていた。

 

真っ黒な夜空には、日本の名刀「正宗」のような怪しい光を放つ三日月がジッとしている。三日月の美しさは、癒やしと慈しみを提供する夜の女性のような妖艶さと、どんな物をも二つに切り裂いてしまう日本刀「正宗」のような恐ろしさ、二つの要素を兼ね備えた魅惑的な美しさだ。

 

僕は「何て美しいのだろう…。」と感動したが、忘れていたことを思い出したかのように、再度あぐらを組んで、麻里奈への感情を味わい尽くし始めた。

 

 

 

「やっぱり、どうしても許せない。

 

やっぱり、どうしても憎い。

 

やっぱり…。」

 

その時、僕の心に一筋の光が射した。

 

 

 

1ヶ月前に元気な赤ちゃんを出産した女性の、パンパンに膨らんだ大きな乳房の乳首から、乳白色の母乳が勢いよく飛び散るように、

あるいは、人間が地下1000メートルの巨大温泉を掘り当てた時、ストレスを溜め込み体温を300度近くまで上昇させていた巨大温泉が、熱湯になっている地下水をボコボコと地表に湧き溢れさせるかにように、

 

僕の腹の底で、大量の水が、ドクンドクンと湧き溢れ始めた。

 

そして、僕の体内タンクに収まりきらなくなったその水は、住宅街の火事現場に駆けつけた消防隊員たちが、燃え盛る炎にホースを向けて勢いよく放水するように、僕の目と口と鼻から飛び出した。

 

同時に、止めどない感情の叫び声も腹の底から涌き上がり、僕の喉を切り裂くようにして僕を嗚咽させた。

 

「もう、イヤだ!

 

何で、僕は、麻里奈を許せないんだ!

 

もう、これ以上、僕を苦しめないでくれ!

 

麻里奈を愛せない苦痛を味わうのは、もうイヤだ。

 

麻里奈を許せないのは、コリゴリだ。

 

麻里奈を許させてくれ!

 

麻里奈を愛させてくれ!

 

頼むから、もうこれ以上麻里奈を憎ませないでくれ!」

 

僕は、神を信じてもいないのに神に訴えている。

 

僕は、明け方までの3時間、嗚咽し続けた。

 

これでもかというくらいに、涙とヨダレと鼻水を流した。

 

自分でも、自分が、どうなっているのか分からない。

 

一切の水分が、僕の中から、出し切られると同時に、僕の麻里奈への怒り、悲しみ、絶望、恨みの感情も僕の外に出て行った。

 

 

 

夜が明け、周囲が白み始めた。チュチッ、チュチッ、チュクッ、チュクッと、林の木陰で目を覚ました小鳥たちが、「おはよう!」のあいさつを交わしている。

 

僕は、もう、麻里奈を怒っていない。

 

僕は、もう、麻里奈を恨んでいない。

 

僕は、麻里奈を許せる僕になっている。

 

僕は、麻里奈を愛せる僕になっている。

 

そして、今、僕の心は無くなっている…。

 

あらゆる思考と感情の束縛から、僕は解放されている…。

 

これが僕?

 

これが本当の僕?

 

到底、許せないと思っていた麻里奈を、本当の僕は許した。

 

本当の僕は麻里奈を許したがっていた。

 

麻里奈を憎んでいた僕、麻里奈を恨んでいた僕、麻里奈に失望していた僕は、本当の僕ではなかったのだろうか?

 

「無条件、無償、無限の愛」と言っていたシャンカールの言葉が思い出される。

 

心が澄んでいる。

 

肩が軽い。

 

もう、心の中には何も無い。

 

ただ、空気が美味しい。

 

ただ、景色が美しい。

 

ただ、幸せだ。

 

 

 

「ユウの国では、無料のことを『ただ』と言うだろう?本当の幸せとは、ただで感じる幸せのことなのだよ。」と、また、シャンカールの言葉が思い出される。

 

眩しく黄色い大きな太陽が、地平線から顔を覗かせ、ガンジスの水面を黄金色にキラキラ輝かせ始めた。

 

全身の水分を出し切りスルメのように干からびた僕は、一歩ずつ踏み締めるようにして、黄金色にキラキラ輝くガンジスへ近づいた。

 

上半身裸の男が一人、朝一番の沐浴を行っている。その男は両手で水をゆっくりとすくいあげ、自分の頭にその水を掛け流した後、両手のひらを胸の前で合わせ、天に祈りを捧げている。

 

僕も上半身裸になり、彼から20メートルほど離れたところで、まず左足を、続いて右足をガンジスへ踏み入れ、水が腰のあたりに来るところまで進み、その男性と同じようにガンジスの水を頭から掛け流した。

 

頭の頭皮、首、肩、背中、お尻、太もも、フクラハギ、足の裏の皮膚の毛穴からガンジスの生命力が染み込んでくるのが分かる。

 

僕は、麻里奈へのあらゆる感情を呑み込んだ。

 

ロマンスの少女のように夢見ていた純粋な結婚のことは、もうどうでも良い。

 

麻里奈の不可解な妊娠のことも、もうどうでも良い。

 

「僕は不幸を呑み込んだ。

 

本当の幸せを手に入れた。

 

無から生じる無条件、無償、無限の愛による幸せを、ただ無料で手に入れた。

 

僕は、その時、ガンジスの流れに生命を流すことを止め、日本に僕を還すことに決めた。

 

ふと見ると、隣で沐浴していた上半身裸の男が僕の方を見ている。

 

大相撲の関取のような体格、ふくよかな顔、大きな額。その額には、ミミズのような太いシワが3本横断していて、その3本のシワの下中央には、日の丸弁当の梅干しのような赤く小さな宝石が埋め込まれている。

 

男が、声をかけてきた。

 

幸せに満ちた表情、両手のひらを胸の前で合わせ…。

 

 

 

「ナマステ

 

(「あなたの神聖さを、尊敬し感謝します。)」

 

僕も、両手を胸の前で合わせ、彼に返した。

 

 

 

「ナマステ

 

(「あなたの神聖さを、尊敬し感謝します。)」

 

 

つづく

 

 

 


 

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続・幸せの方程式(25)

 
 
 
 
 

【+-ゼロ=無=光 ⑤ 火花と炎】  

 

「では最後に、ワクワクとシンクロニシティの実験をしよう。」と言って、シャンカールが小さな二つの石を僕の目の前に置いた。

「火打ち石だ。叩いてみなさい。」

僕は「カチッ、カチッ。」と石と石とを叩いてみた。

「ほら、火花が散っただろ?」

「えっ?分からないですよ。」

「ユウは無になっていないから火花が見えない。けれど、無になれば火花が見えるようになる。」とシャンカールが言うと、急に辺りが暗くなり始めた。

夕立ちだろうか?スコールだろうか?バケツをひっくり返したような雨がザーザーと大きな音を立てて降り始めた。部屋は停電したかのように暗い。

「もう一度、やってみなさい。」

「カチッ、カチッ。」

確かに火花が出ている。

「二つの物質が一つになった時、ユウは無になる。その時、同時にユウは、火花のような『ワクワク』を感じるようになる。

では、この紙を石と石の間に挟んでもう一度やってみなさい。」

シャンカールは、油のようなものがついた少し粘着質のある紙を僕に手渡した。

僕は、その紙を石と石との間に挟んで、もう一度、火打石を鳴らした。

「カチッ、カチッ。」

すると「ボワッ!」と紙が燃えた。

「火花が『ワクワク』で、紙は現実、炎は『シンクロニシティ』だ。

つまり、もし、ユウがワクワクしていると、『ワクワクにまつわる奇蹟的で偶然とは思えない運命的な出逢い』すなわちシンクロ二シティを、現実の中で体験するようになる。

シンクロニシティに出逢った時、ユウはジェットコースターに乗る時のようなちょっと怖い胸のドキドキ感を体験する、しかし、人間は運命的な出逢いを感じワクワクしていると、怖くてもその運命に乗らずにいられなくなる。 

別の表現をするなら、ユウがワクワクしてシンクロニシティを感じ、動かずにいられなくなるということは、ユウは頑張ってやる気を起こしたり、努力したりする必要はないということ。すなわち、『ただ』炎が紙に着火した時のドキドキ感を楽しめばいいということだ。

その時ユウは、

ただ、幸せを感じ、

ただ、美しさに感動し、

ただ、気持ち良い、と言うだろう。

ユウの国では、無料のことを『ただ』というだろう?」

「はい。」

「まさに、そのただ(無料)で幸せを感じることが、ユウが手に入れたいと言っていた本当の幸せだ。

つまり、無×ワクワク×シンクロニシティによる本当の幸せとは、無料(ただ)でもらえる幸せであり、無償、無条件、無限の愛による幸せだ。」

「無から来る本当の幸せは、無料、無償、無条件、無限の幸せ…???

インド人のオヤジも、オヤジギャグが好きということなのだろうか…???」

と僕は心の中で思った。

 

 

 

 

つづく

 

 

 


 

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続・幸せの方程式(23)

 
 
 
 
 

【 +-ゼロ=無=光 ③ アリ?】  

 

 

僕はまた、意味不明なシャンカールの言葉を繰り返した。

「『不幸の海にどっぷり浸かる?やるもやらないも、僕の自由?』ですか?」と。

「そうだ。もし、ユウが一度『無から生じたワクワクとシンクロニシティで、無条件、無償、無限の幸せ』を経験すれば、世の中の法則が分かるようになるだろう。

簡単に言えば、世の中の法則は一つ。

『 +-(プラスマイナス)ゼロ=無=光 』。

これだけだ。

ところで、ユウは『アリには、働きアリとナマケアリがいる。』ということを知っているかね?」

「はい…? アリ…? 何故、突然、アリ…?」

と僕は、戸惑いながら、

「あの小さな黒い蟻(あり)のことですよね?」と尋ねた。

「そう、そのアリだ。

昔、インドに、モハマドアリというアリ好きの大学教授がいたのだよ。

モハマドアリ教授は、二つのアリの巣を見つけては、何度も何度も同じ実験を繰り返した。

実験は簡単だ。

一つのアリの巣を働きアリばかりにして、もう一つのアリの巣をナマケアリばかりにする。そうして、アリたちの作業効率がどう変化するかを観察する実験だ。

例えば、二つのアリの巣をそれぞれABと名付けよう。

Aのアリの巣にいる半分のナマケアリをBに移動し、Bのアリの巣にいる半分の働きアリをAへ移す。

つまり、Aのアリの巣は、Aの巣の働きアリとBの巣の働きアリが集まった最強の働きアリばかりの巣に。Bの巣は、Aの巣のナマケアリとBの巣のナマケアリが集まった最弱(?)のナマケアリばかりの巣になる。

モハマドアリ教授は、何度も何度もそんな実験を繰り返した。

しかし、いつまでたっても、働きアリばかりの巣にも、ナマケアリばかりの巣にもならなかった。

不思議なことに、Aの巣に集められた働きアリの半分が翌日にはナマケアリになり、Bの巣に集められたナマケアリの半分が翌日には働きアリに変わってしまう。

何度やっても、働きアリだらけの巣も、ナマケアリだらけの巣も作れず、結局、Aの巣の作業効率とBの巣の作業効率は、常に一定だったというのだよ。

つまり、『働きアリばかりではアリの巣は維持できないし、ナマケアリばかりでもアリの巣は維持できない。』と、モハマドアリ教授は結論を出した。

アリの世界もこの世の中も同じで、世の中は正反対のものが存在しないと維持できないようにできている。

プラスだけでも存在できず、マイナスだけでも存在できず、プラスだけでもマイナスだけでも存続維持できないようになっている。

だから、幸せを望めば望むほどに不幸を引き寄せてしまう。

なぜなら、幸せだけでも不幸だけでも、人生は存続維持できないからだ。」

僕は、「うーん…。ちょっと難しいような、話が飛躍しているような…。」と思ったが、シャンカールは、僕の反応を意に介さない様子だ。

「やるかやらないかは、ユウが決めることだ。誰もユウを助けられない。誰もユウに干渉できない。ユウは完全に自由だ。しかし同時に全責任を背負わなければならない。」と言ったシャンカールの言葉が心を過(よぎ)る。

「シャンカールの言葉を聴くも聴かないも、完全に僕の自由ということなのだろう…。」

僕は直感した。

 

 

 

つづく

 

 

 


 

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幸せの方程式(22)

 
 
 
 
 

【+-ゼロ=無=光 ② 不幸を食べる】  

 

 

シャンカールの優しさを感じた僕は、徐々に落ち着きを取り戻した。

「でも、僕はどうすれば…。」僕はうつむいたまま、独り言をこぼした。

「不幸を呑み込んでしまいなさい。不幸が無くなるまで不幸を食べてしまいなさい。そうすれば、不幸が無くなる。」

と、シャンカールが静かに答える。

「えっ? 不幸を食べてしまう…?不幸を食べれば不幸が無くなる…? はぁ…?」

僕は、顔を上げ、冗談みたいなことを真顔で言っているシャンカールの顔をじっと見た。

シャンカールは表情を変えることなく、机の上に用意されていた、シナモンの香りがするインドのミルクティー「チャイ」を、ティーポットからカップへと静かにゆっくりポトポト注いだ。

「ユウは、このチャイを無くすことができるね。」

シャンカールはそう言いながら、黒くて太い人差し指、中指、親指で、カップが乗っているソーサーを掴み、音を立てないようにそーっと僕の胸の前に置いた。

僕は、「チャイを無くす?」とシャンカールの意味不明な言葉に疑問を感じながらも、両手のひらを胸の前で合わせ「いただきます」と囁(ささや)くように言い、オレンジ色がかった乳白色のチャイを飲んだ。

チャイは冷め、ほぼ常温になっていたが、このうだるような暑さでは冷めているくらいがちょうど良かった。

シナモンのほど良い香りが僕の気持ちをさらに落ち着かせ、カルダモン、ジンジャーなどのスパイスが、僕のカラダを芯から温めた。

外は暑いのに、僕のカラダの芯は意外に冷たかった。

「できたじゃないか?

ユウは、チャイを無くすことができた。

だから、ユウは不幸を呑み込み、不幸を無くすことができる。

不幸な思考、不幸な感情、不幸な運命…。不幸というものを全て呑み込める。

そうすれば、不幸が無くなる。

そうすればユウは、ワクワクするようになる。

ワクワクしているとそのワクワクと現実とが共鳴・共振し、ユウはシンクロ二シティと呼ばれる奇蹟を体験する。

それこそ、ユウが『手に入れたい』と言っていた本当の幸せだ。

つまり、本当の幸せとは、無から生じたワクワクとシンクロニシティを体験するところにある。

そして、その幸せとは、無から生じた無条件、無償、無限の幸せとなる。」

「無から生じた、無条件、無償、無限の幸せ…?」

僕は、ダジャレみたいなシャンカールの言葉を「冗談で言ってるんじゃないですよね?」と確認するように繰り返した。

「そうだ。表現を変えれば、無条件、無償、無限の『愛』がユウの中から生まれる、とも言える。

しかし、『不幸はまずい。』『不幸は苦い。』『不幸は美味しくない。』などと言って、不幸を食べないでいると、いつまでたっても本当の幸せは手に入らない。

幸せになりたいなら、不幸を避けたり、不幸から逃げたり、不幸に蓋(ふた)をしたりしてはいけない。

不幸という海の中にドボーンと飛び込み、どっぷり不幸に浸(つ)かってしまうのだよ。

そうすればいつか不幸はなくなる。もしかしたら、その期間は、数日、数ヶ月、数年、数十年になるかもしれない。

それでも、途中で、不幸を吐き出してはならない。まずくても、苦(にが)くても、辛(から)くても不幸を噛んで噛んで噛み尽くして味わい尽くすんだ。本当の幸せを手に入れられるかどうかは、不幸を味わい尽くし、不幸を吞みこんで無くしてしまえるかどうかにかかっている。」

シャンカールは、少し、間を空け、

「やるかやらないかは、ユウが決めることだ。

誰もユウを助けられない。

誰もユウに干渉できない。

ユウは完全に自由だ。

しかし同時に全責任を背負わなければならない。」

と続けた。

 

つづく

 


 

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